こぼれ話:台湾の月餅文化
前回の記事で、台湾の茶芸館で過ごす、ゆったりとした時間の魅力をお届けしました。
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茶芸館で温かいお茶を淹れてもらうとき、傍らにそっと添えられているお茶菓子。特に秋風が吹き始めるころ、茶席のお供としても登場するのが「月餅」。
2026年9月25日は「中秋節」。
中華圏において春節や端午節と並ぶ三大節の一つであり、一年のなかでも特別な熱気を帯びる大切な日です。日本でいえば十五夜(中秋の名月)ですが、台湾での過ごし方はもっと賑やかで濃密。家族や大切な人と集まり、月を眺めながら街のあちこちで香ばしい焼肉の匂いが立ち込め、実家に帰ると「月餅」があります。
「月餅」と聞くと、あの彫刻のような美しい模様が刻まれた格式高い形を思い浮かべる人も多いかもしれません。けれど実は、台湾の街を歩けば、私たちがまだ知らない多種多様な月餅文化が広がっています。
大陸から海を渡ってきた伝統の技と、台湾という土地の風土が交差して生まれたローカルな味わい。今回は、実際に街で見つけてきた月餅たちを手に、台湾の奥行き深い月餅文化のストーリーを紐解きます。

海を渡り、台湾の地に根を下ろした伝統「廣式(広東式)」

私たちが「月餅」と聞いて真っ先に思い浮かべる繊細なレリーフ模様。それが中国大陸の広東地方から伝わった「廣式(広東式)」です。清代末期から近代にかけて広東出身の職人や名店が台湾へ渡ってきたことで定着しました。
飴色の薄い皮の中には、ぎっしりと濃密な餡。ハスの実から作られる上品な「蓮蓉」や、香ばしいナッツ類を凝縮した「五仁」が代表的です。重厚感のある見た目と日持ちの良さから、今でも贈答品として欠かせない存在です。


今回手に取ったのは、高雄の老舗「不二緻果(高雄不二家)」の廣式月餅。
手のひらに収まる直径7センチほどの月餅には、蓮蓉餡とまろやかな鹹蛋黃(アヒルの塩漬け卵黄)が閉じ込められ、表面には枝に留まる鳥の姿が可愛らしく描かれています。
見た目の気品もさることながら、濃密な甘みと塩気のコントラストは、じっくり煎れた台湾ウーロン茶と合わせたくなる味わいです。(ちなみに、不二緻果は綠豆碰も絶品です)
ほろほろと口の中で解ける、ハイブリッドな「綠豆碰」

大陸から伝わった技術をベースにしながらも、台湾の人々の好みに寄り添い、この地で独自に咲き誇った「台湾生まれ」の月餅があります。地元の方々にとって、中秋節の主役はこちらの方がメジャーです。
台湾で生まれた台湾式月餅として有名なのが「綠豆碰」。
諸説ありますが、台中の有名店「雪花齋」が綠豆椪の起源と言われています。日本時代、日本製菓文化が台湾に入ってきた時、日本人の味を取り込もうと技術を学び、綠豆餡を入れた月餅として作り出した「葫蘆墩餅」が綠豆椪の原型らしいです。
繊細に重なる多層の白いパイ生地の中に、やさしい甘さの緑豆餡を包み込んだ一品。焼く際に中央がふっくらと膨らむ様子から、「碰(ポン=膨らむ)」と名付けられました。
緑豆餡オンリーのものもありますが、塩味の挽き肉やアヒルの塩漬け卵黄を合わせるものもあります。


今回買ってきたのは、日本の職人精神をリスペクトし、ローカルに愛され続ける高雄のベーカリー「莎士比亞烘焙坊(Shakespeare Bakery)」。
ここで選んだ綠豆碰は、緑豆餡の中にじっくり煮込まれた甘辛い肉そぼろが隠されているタイプ。口に入れた瞬間、生地がほろほろと解け、緑豆の素朴な甘みと肉そぼろのコク深い塩気が口の中で溶け合います。
和菓子の繊細さと中華の旨味が同居する、台湾ならではの甘くて塩っぱい魔法を感じることができます。
ひと口サイズに仕掛けられた贅沢「蛋黃酥」

諸説ありますが1950〜60年代頃、台中の老舗和菓子・中華菓子店「陳允寶泉」で開発された比較的新しい台湾オリジナル菓子が「蛋黃酥」。
当時、婚礼などの祝い事には、とても大きな祝い菓子「状元餅」が作られていました。そこに塩漬け卵黄を入れて贈る文化が流行。「あの贅沢な美味しさを、一人でも手軽に味わえたら」という職人の思いつきから、小さなコロンとしたサイズへと再構築されたのが始まりです。


手に入れたのは、1937年創業の歴史を誇る「吳記餅店」。
香ばしく焼き上げられた皮を割ると、艶やかな小豆餡の中心に、大きなアヒルの塩漬け卵黄が贅沢に鎮座しています。断面の美しさもさることながら、小豆の甘みと、卵黄が持つ濃厚なコクと塩気。甘みと塩味の往復が止まらなくなる、一度知ると抜け出せない中毒性を持っています。
変容し続ける、台湾月餅のいま


月餅の面白さは、伝統を守るだけでなく、常に新しく形を変え続けている点にあります。
老舗の味覚を現代風にアップデートしたものから、気鋭のパティシエが手がける洋風のアレンジまで、街には新しい驚きが溢れています。中秋節の時期には、パイナップルケーキの名店やモダンなパティスリーもこぞって独自の限定月餅を打ち出すため、街全体が甘い熱気に包まれます。
今回、吳記餅店のお店の方に勧められて購入した「蝦米肉餅」も、まさに一度食べたら忘れられないインパクトを持つローカルの味覚でした。
サクサクのパイ生地の中に飛び込んでくるのは、香ばしく炒めた干しエビと豚肉のそぼろ、冬瓜の砂糖漬け。口に含んだ瞬間、磯の香りと肉の旨味、そして冬瓜餡のシャリッとした食感と甘みが一気に広がります。
日本ではまず出会えないこの攻めた組み合わせこそ、台湾の食文化が持つ懐の深さです。
終わりに
格式高い広東式月餅から、日常に寄り添う綠豆碰や蛋黃酥、そしてエッジの効いたローカルフレーバーまで。台湾の月餅は、多様な文化を受け入れ、独自のものへと昇華させてきたこの島そのものの姿を表しているようでもあります。
今年の十五夜。もし機会があれば、台湾茶を淹れ、台湾から連れて帰った「綠豆碰」や「蛋黃酥」を切り分けてみてください。
一口かじればきっと、様々な歴史的な背景により誕生した台湾の賑やかな風と、大きくて明るい月が口の中で浮かぶはず。
