台湾米から生まれる「台湾泡盛」!金賞蒸留家・陳千浩さんが語る土地の個性と原点
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泡盛といえば沖縄。そのイメージをくつがえす一杯が、台中・外埔で造られています。醸造家の陳千浩さんが台湾産の米と水、そして自ら培養した黒麹菌で仕込む台湾泡盛「史詩」。台中・大甲産の秈稲(在来米)を原料に、重力を生かした醸造とフランス式の蒸留技術を組み合わせ、見慣れた台湾の農産物を土地の味がする地酒へと変えているんです。今回は酒蔵を訪ね、金賞醸造家がこの一本にたどり着くまでの道のりをご紹介します。

酒蔵に足を踏み入れると、陳千浩さんの案内は水源や石、建物の階層差から、発酵タンクでぷくぷくと立ち上る泡まで続きます。目の前にある一つひとつの工程が、最後にグラスで味わう酒の表情につながっているんです。
取材中、彼は発酵中の酒もろみを指さしながら、でんぷんがブドウ糖へ変わり、さらに酵母の働きでアルコールになるまでを丁寧に説明してくれました。台湾の蒸留酒づくりに欠かせない黒麹が生むクエン酸についても、実際に酸味や香りを確かめながら解説。難しそうに思える醸造の知識が、目で追い、鼻で感じ、ときには舌でも確かめられる変化として、ぐっと身近に感じられました。
そして、この変化の背景には「史詩」の物語があります。フランスでワイン醸造を学び、国際コンクールで金賞を受賞した醸造家が、なぜ台湾へ戻り、まったく異なる酒造りを一から学び直そうと思ったのでしょうか。

フランスで学んだからこそ見えた、台湾ならではの答え
陳千浩さんはまずスイスでホテル・レストラン業を学び、そのなかでテイスティング文化に触れました。その後はフランス・ブルゴーニュ大学でワイン醸造を修め、フランスのワイン醸造技師ライセンスを取得した台湾初の醸造家となりました。
ヨーロッパで彼が目にしたのは、酒と土地が深く結びつく風景でした。ブドウの品種や産地、土壌、家族に受け継がれる技が重なり、一本一本の酒にはそれぞれの「生まれた場所」があります。その体験をきっかけに、彼は考えるようになったのです。台湾にも、この土地ならではの個性を持つ酒は造れるのではないか、と。

ただ、台湾に戻ってからは、ヨーロッパで学んだことをそのまま当てはめるわけにはいかなかったそうです。台湾のブドウや気候、醸造環境はヨーロッパとは別物。取材では、台風が来る前に収穫を終えなければならない緊張感についても話してくれました。ブドウが十分に熟す前でも摘み取る必要があり、その酸味や風味とどう向き合うかも、醸造家にとって大きな課題になるのです。
突破口を探すなかで彼が手本にしたのは、亜熱帯の気候をもつポルトガル・マデイラ島でした。そこで学びながら「埔桃酒(プータオ酒)」の醸造に少しずつ取り組み、のちに樹生酒莊との共同プロジェクトは国際的な評価も獲得します。ただ、この成功から得たのは、技術は産地の条件に応えてこそ力を発揮する、という実感でした。この気づきが、台湾泡盛「史詩」へとつながる大切な出発点になったのです。
「サツマイモで酒が造れる」——そのひと言から、台湾の酒造史をたどり始めました
2014年、陳千浩さんはスコットランドで開かれた国際シンポジウムで、サツマイモ酒や沖縄の米を使った蒸留酒を研究する日本人研究者と出会いました。ワインを専門に学んできた彼にとって、台湾米の泡盛にも通じるその世界は、まったく未知のものだったのです。
「台湾にはこんなにサツマイモがあるのに、どうしてサツマイモのお酒を見かけないんだろう?」——その素朴な疑問をきっかけに、彼は帰台後、サツマイモや米、黒糖といった台湾の素材で酒を造ってきた歴史を調べ始めました。日常から少しずつ遠ざかっていた酒が資料の中に現れるたび、惹かれたのは新しい醸造技術だけではなかったそうです。そこには、文化の記憶が失われていく寂しさもありました。取材では当時を「ものすごく悲しかった」と振り返ります。かつて農業や土地の暮らしと結びついていた味わいが、いつの間にか物語の中でしか知れないものになっていたからです。こうして酒造りは、ひとつの商品を完成させるためだけの仕事ではなくなりました。原料、技、土地のつながりをもう一度結び直し、台湾の農産物を再び一杯の酒として味わえるようにしたい——そんな思いが、彼を動かしているのです。

金賞受賞後も、樽洗いとトイレ掃除から
清酒づくりを一から学ぶため、陳千浩さんはあえてもう一度「見習い」になりました。日本語ができなければ、日本語学科の学生2人に通訳を頼む。製造工程がわからなければ、酒蔵で実習し、酒樽洗い、食器洗い、厨房やトイレの掃除から始める。のちには語学学校にも通いました。取材で印象的だったのは、銘酒「獺祭」で1年間実習したときの話です。学ぶ機会をくれた蔵元へ感謝を伝えたくて、学生たちと何時間もかけて厨房とトイレを丁寧に磨いたのだとか。それは、技術を身につける覚悟そのもの。すでに受賞歴のある醸造家でありながら、進んでブラシを手に取り、基礎の仕事に向き合う姿に、職人魂がくっきり見えてきます。これまでの実績は学びを減らす理由ではなく、一つの醸造技術を本当に理解するには、どれほどの時間と労力が必要かを教えてくれたのです。

3年の清酒づくりを経て再発見!在来米に広がる新たな可能性
陳千浩さんもかつては、台湾の酒米で自分が理想とする日本酒を造ろうと考えていました。酒米が見つかったときには期待が膨らみ、「台湾初の獺祭」を目指したこともあったそうです。ところが完成した酒には思い描いた香りが出ず、気になる雑味も残りました。理由は、日本とは異なる台湾の水質にあったといいます。取材中も、初めて試飲したときの落胆をはっきり覚えていました。3年取り組んだ末、その路線はいったん手放すことに。そこで改めて問い直したのです。日本酒らしさを追いかける以外に、台湾米だからこそ生み出せる酒とは何だろう、と。
台湾泡盛「史詩」は、そんな探求の末に生まれた一本です。主役は台湾在来米。陳千浩さんはその一杯を通して台湾農業へ目を向け、沖縄の泡盛とはまた異なる、土地の個性を表現しています。原料には酒蔵のある台中・大甲産のインディカ米を選び、産地の恵みをできるだけ生かすことで、この地ならではの台湾米の泡盛へと仕上げています。
「史詩」は芋焼酎とはひと味違う、台湾米の泡盛
「史詩」台湾泡盛と、もう一つの作品「憨吉」番薯焼酎は、原料へのアプローチが異なる2本です。「憨吉」はサツマイモに米麹を合わせて仕込みますが、「史詩」の核となるのは、台中・大甲産の在来米と黒麹菌。どちらも台湾の地酒を探究する試みから生まれていますが、同じお酒として混同しないようにしたいところです。
「史詩」にとって、黒麹は欠かせない存在です。台湾で黒麹菌を育てるため、陳千浩さんは温度や湿度を何度も調整し、安定した培養環境を探り続けてきました。醸造の過程で黒麹が生むクエン酸は、もろみの酸味と香りを形づくる大切な要素にもなります。 取材の場でも、ただ「おいしい」のひと言では終わりません。米、麹、水、発酵、蒸留——それぞれが同じ製法の中でしっくり収まってこそ、1本の酒に個性が生まれるのです。日本の麹づくりから学んだ技法と、フランスで得た蒸留の経験を台湾へ持ち帰り、台湾黒麹を使った蒸留酒として試行錯誤を重ねる。そこに「史詩」らしい味わいの根っこがあります。

高低差まで醸造の一部に。酒蔵の立地が育む味わい
神跡酒造では、陳千浩さんが4階建ての高低差を生かし、酒液が自然に下へ流れる仕組みを取り入れています。機械でくみ上げる工程を減らすためです。取材中、原料を4階へ運び、搾汁後は下階のタンクへ流していく導入口を指さしながら、「重力引流」の流れを説明してくれました。建物そのものを醸造工程に参加させるこの方法は、台湾で唯一だと胸を張る技術でもあります。 もちろん、こだわりは設備だけではありません。工場では履き替えを徹底し、作業環境を清潔に保つことも基本中の基本。どれほど精密な設備があっても、日々の管理が行き届かなければ、目指す酒にはたどり着けないといいます。そんな細部の話をしたあと、陳さんが最後に戻ってくるのはやはり味わいのこと。設備や工程にどれだけ工夫を重ねても、その答えはグラスを傾けたときの一口に表れる。そんな考え方が、神跡酒造の酒づくりを支えています。
「史詩」も、この重力を生かした仕込みと日々の管理のなかで造られています。台湾米と水を出発点に、黒麹による麹づくり、発酵、蒸留を一つずつ重ね、大甲の米と台湾の水の個性を一杯に映し出しているのです。
海の底からスコットランドまで。何度でも挑戦する陳千浩さん
陳千浩さんの好奇心は、ついには醸造の実験を海の中へと連れていきました。海底熟成に挑むため、自らダイビングを習得。インストラクターがウミガメやカクレクマノミを指して海中の景色を見せても、気になるのはやはりお酒だったそうで、「私は酒造りを学びに来たんです」と笑ったのだとか。未知の分野に飛び込んでも、知りたいことはぶれない——そんな彼らしさが表れたエピソードです。チームはオーク樽で熟成させたワインを台湾海峡の水深約20mに沈め、7か月間にわたり海底で熟成。完成した一本は、2023年の第29回Vinalies Internationalesで金賞を受賞しました。

もうひとつの越境プロジェクトでは、埔桃酒の樽がスコットランドへ渡り、グレンフィディックの「台湾スピリット」ウイスキーを後熟させる樽として使われました。台湾ワインが残した風味が、スコッチウイスキーへと受け継がれたのです。本人によると、試飲を始めた当初は思うような味わいにならず、「実験は失敗かもしれない」と感じたこともあったそう。それでも待ち続け、ようやく納得のいく味にたどり着きました。「Whisky is a business of time(ウイスキーは時間のビジネス)」という言葉は、今も心に留めているといいます。挑戦には勇気が必要で、待つことにもまた同じだけの勇気がいる——そんな思いが込められています。
次の一本も、台湾の大地から生まれたお酒を選んでみませんか?
埔桃酒やサツマイモ焼酎、「史詩」泡盛まで、陳千浩さんの酒づくりは少しずつ多彩な農産物へと広がっています。2025年には、台糖研究所と高雄餐旅大学が台湾産サトウキビ品種「ROC24」を使って開発した2種の農藝ラム酒が、フランスの世界酒類コンクールでともにダブル・グランドゴールドを受賞。台湾の原料が秘める可能性を、改めて世界に示しました。

今回、酒蔵でいちばん印象に残ったのは、彼が今なお熱を込めて、ひとつの排水口や発酵中のもろみの槽、米と麹菌がどう働くのかを語ってくれたことでした。取材中、自身の心境を映画監督のアン・リーになぞらえ、「『ブロークバック・マウンテン』でアカデミー賞を獲ったからといって、その作品に一生とどまるわけにはいかない。次の脚本を考えなければ」と話します。台湾泡盛「史詩」は、そんな彼が前へ進み続けるための答えのひとつ。ヨーロッパで学んだ技術と経験を、台湾在来米と台湾の土地へ注ぎ込んだ一本です。
次に台湾を訪れたら、ぜひ台湾の米や芋から生まれた蒸留酒を探してみてください。グラスの向こうに、米を育てる人と酒を醸す人、そしてこの島の土地の味が見えてくるはずです。
飲酒運転は禁止です。飲み過ぎは健康を害するおそれがあります。18歳未満の飲酒は禁止されています。